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大阪地方裁判所 昭和60年(ワ)6395号 判決

原告

株式会社黒田化工研究所

右代表者代表取締役

黒田重治

被告

日東産業株式会社

右代表者代表取締役

佐味忍

被告

吉川辰一

被告

堀川卓

右被告ら訴訟代理人弁護士

吉村修

占部彰宏

主文

原告の被告らに対する請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは原告に対し、各自金一〇〇〇万円及びこれに対する被告日東産業株式会社及び同吉川辰一は昭和六〇年八月二一日から、同堀川卓は同月二六日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

被告ら

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告(後記特許訴訟提起当時の商号は千代田化成工業株式会社)は、特許番号第二九九一八六号、発明の名称「軟質合成樹脂合着耐圧ホースの製造法」の特許権を有していたところ、被告日東産業株式会社(以下、「被告日東産業」という)を相手方として右特許権侵害の差止及び損害賠償を求める訴(以下、「特許訴訟」という)を大阪地方裁判所に提起した(同裁判所昭和四二年(ワ)第六五三七号事件)が請求棄却の判決がなされ、大阪高等裁判所に控訴(同裁判所昭和四七年(ネ)第五七一号事件)したが控訴棄却の判決がなされ、原告は敗訴した。

右特許訴訟の争点は、被告日東産業の耐圧ホース製造工程において、内管内に圧縮空気その他の圧力媒体を封入する方法を用いているか否かという点であつた。

2  特許訴訟の第一審では昭和四三年一一月六日(以下、「第一回検証」という)及び同四五年六月一日(以下、「第二回検証」という)の二回、控訴審では同四八年六月二二日(以下「第三回検証」という)に検証が行われたが、その検証の結果は甲第一、第二及び第四号証のとおりである。

3(一)  右第二回及び第三回の各検証(以下、「本件検証」という)当時、被告吉川辰一(以下、「被告吉川」という)は被告日東産業の製造部長、被告堀川卓(以下、「被告堀川」という)は常務取締役であつた。

(二)  ところが、被告吉川及び同堀川は共謀して、本件検証当時被告日東産業が耐圧ホース製造工程で内管内に圧縮空気を封入する方法を用いていることが露見するのを妨げる目的で、当時被告日東産業の工場で耐圧ホース製造工程中の筒ネット套装工程で使用していた竪型編組機(ホースに耐圧性を付与するにはネットの編目を均一かつ綾織にする必要があり、そのためには内部に圧縮空気その他の圧力媒体を封入した内管の外周に張力をかけた巻糸でネットを套装する竪型編組機を用いる必要がある)を隠蔽し、同社が開発したと称する横型編組機を検証のためのみに作出したうえ、被告吉川において裁判官に対し、右横型編組機が稼働中の編組機であつて内管内は常圧空気で足り圧縮空気その他の圧力媒体を封入する方法は採用していないとの虚偽の説明をし、裁判官をして右説明が真実であると誤信させた。

その結果、耐圧ホースの製造工程において内管内に圧縮空気その他の圧力媒体を封入する方法を採用していないとの被告日東産業の主張が容れられたため、原告は敗訴した。

(三)  被告日東産業が本件検証当時竪型編組機を使用していたことは次の各事実から窺える。

(1) 本件検証時に作出した横型編組機は、第三回検証調書(甲第一号証)に、「横型編組機(多数の糸巻きを取付けた二個の円板が逆回転しながらナイロン糸を内管に巻付ける装置・巻付けられた糸は最初の円板で一定方向に斜めに平行して掛けられ、次の円板でその上から別に斜めに糸が掛けられている)」と記載されたもので、多数の糸を斜め下巻きと斜め上巻きに巻付ける単なる巻付機にすぎず編組機ではなく、しかも、この機械には糸の巻付け角度を一定にするための張力はかけられていない。右装置によつて第二回検証時に作られたものが検甲第八号証のものであり、それが示す如く、糸に張力がかけられていないため巻付けられた糸の角度は一定せず、編目も一定しない不規則な模様となつており耐圧性が劣る製品しか製造できない。

ところが、被告日東産業が本件検証当時製造販売していた耐圧ホース並びに原告代表者が昭和四四年一一月(検甲第一〇号証のもの)及び同五〇年一二月(検甲第九号証のもの)に入手した被告日東産業の耐圧ホースには「均一」な編目の「綾織」ネットが編上げられており、内管、ネット、外管の三者が緊密に接着しているが、このような製品は竪型編組機でしかできないものである。

このことは、すなわち、本件検証当時に被告日東産業は耐圧ホースの製造工程で内管内に圧縮空気その他の圧力媒体を封入したうえ竪型編組機を使用していたことを示すものである。

(2) 第三回の検証調書(甲第一号証四頁上段一三行目から下段二行目まで)には、「内管を大きな浅い受け台に捲き取り一杯になつたところ(長さ約三五メートル)で鋏で切断し」とあるように内管の長さは約三五メートルであり、横型編組機を用いたときには三五メートル以上の耐圧ホースは製造できないということである。

しかるに、原告代表者が昭和四四年一一月及び同五〇年一二月に入手した被告日東産業の耐圧ホースの定尺はいずれも五〇メートルであることからすれば、被告日東産業は通常の製造工程で横型編組機は使用していなかつたのに、本件検証に備えて横型組機を検証のためのみに作出したものであることが窺われるのである。

4(一)  右に述べたとおり、被告吉川及び同堀川は共謀のうえ検証のためのみに横型編組機を仮設して虚偽の指示説明をして検証に臨んだ裁判官を欺罔した結果特許訴訟で原告は敗訴したもので、右被告両名の右欺罔行為は民法七〇九条の不法行為に該当するものであるところ、右欺罔行為がなかつたなら原告は特許訴訟で勝訴していたもであり、勝訴の場合には昭和四〇年五月二一日から同四六年一一月末日までの間の損害として合計金六〇〇七万二〇八〇円の賠償が得られたものであるから、右被告両名の不法行為により右金額相当の損害を被つたものである。

(二)  被告日東産業は、被告吉川及び同堀川が職務の執行についてなした前記不法行為につき右両名の使用者として民法七一五条の責任がある。

よつて、原告は被告らに対し、各自前記損害額の一部である金一〇〇〇万円及びこれに対する不法行為の後である、被告日東産業及び同吉川は昭和六〇年八月二一日から、同堀川は同月二六日から各完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否及び反論

1  請求原因1の事実は認める。

但し、特許訴訟の争点は原告主張の他にもあつた。すなわち、第一審及び控訴審各判決理由の概要は、

(イ) 原告の特許発明は訴外黒田重治が被告日東産業における職務として行なつた発明に基づくいわゆる職務発明であり、被告日東産業は通常実施権を有すること(その後訴外黒田重治は原告へ特許権を譲渡した)

(ロ) したがつて、被告日東産業が原告の特許方法を用いていたとしても何ら特許権を侵害しないのみならず、被告日東産業は昭和三八年七月一日以降原告の特許権の技術範囲に属する製造方法を用いていないこと

であつた。

2  同2及び同3(一)の各事実は認める。

3  同3(二)の事実のうち、被告吉川が本件検証時に検証現場の指示説明をしたこと及び原告が特許訴訟で敗訴したことは認めるがその余の事実は否認する。

4  同3(三)(1)の事実のうち、〈証拠〉のものが被告日東産業の製品であることは認めるが製造時期及び原告代表者が入手した時期は知らない。その余は否認する。

5  同3(三)(2)の事実のうち、原告代表者が昭和四四年一一月及び同五〇年一二月に被告日東産業の耐圧ホースを入手したことは知らない。

その余は否認する。

6  同4の事実は否認する。

7  本件検証についての原告の主張に対する反論

(一) 本件検証時の被告日東産業における耐圧ホース製造工程の概要は次のとおりであつた。

(イ) 内管製造工程

内管は一般ホース(耐圧ホースでないホース)と同じ方法で押し出し成形され、常圧空気が内に入つたまま両端を加熱し封緘する。

(ロ) ネットの編組套装工程と外管被覆工程

第一回検証時はネット編組は被告日東産業所有の竪型編組機を下請業者に貸与して編組させていたが、その後被告日東産業が横型編組機を開発したため下請に出す必要がなくなり、すべて被告日東産業の工場で行うようになつた。

横型編組機では(イ)でできた内管が外管被覆装置に入る直前で内管の表面にネットを編組套装するもので、地面に平行に移動する内管にネットを編組する点で横型といわれる。横型編組機は、ネットの編組工程と外管被覆工程を二つに分けることなく連続して行うことができるように作業工程を単純化したものである。

(二) 右に述べたように、横型編組機は第一回検証時の作業工程より進んだ技術である。横型編組機では最終製品である耐圧ホースが製造できないのなら格別、本件検証の検証調書に明らかなように完全な製品の製造ができるのであるから、被告日東産業はより早くより安価に製造できる横型編組機を使用していたのである。

(三) 原告主張の特許権においてはネット編組の方法は要件ではない。この点からしても被告日東産業が特許訴訟においてネット編組装置を偽る必要性など全くなかつたのである。

(四) 以上のとおりであり、原告の主張は本件検証当時も被告日東産業は相変わらず竪型編組機を使用している筈であるとの思い込みによる主張にすぎない。

三  抗弁(被告日東産業)

確定判決の既判力の存在

1  原告及び訴外黒田重治は被告日東産業及び訴外筧求を被告として左のとおり損害賠償請求訴訟を提起し上告審まで争つたが原告の敗訴に終つた。

(一) 一審 大阪地方裁判所昭和五六年(ワ)第三三七七号事件

判決 請求棄却 昭和五七年六月一七日言渡(訴外筧求に対しては一審係属中に訴取下げ)

(二) 控訴審 大阪高等裁判所昭和五七年(ネ)第一三一五号事件

控訴人 一審原告両名

被控訴人 被告日東産業

判決 控訴棄却 昭和五八年二月一〇日言渡原告は上告せずに確定

2  右損害賠償請求事件における請求は、被告日東産業に対する関係では特許訴訟において同被告が三回の現場検証で虚偽の指示をしたり別の現場を指示した結果裁判所が欺罔されて特許権の侵害がないという誤つた判決となり原告らが損害を被つたというものであつて本件と全く同一の請求である。

右損害賠償請求事件の控訴審の口頭弁論は昭和五七年一二月一七日終結し、原告と被告日東産業との間では上告がなく、控訴審判決が原告に送達された昭和五八年二月一四日から二週間を経過した同月二八日の経過とともに確定しているので、最終口頭弁論期日である昭和五七年一二月一七日以前の事実を基にした被告日東産業に対する本訴請求は右確定判決の既判力により許容されないものである。

四  抗弁に対する認否

被告日東産業主張の確定判決の存在は認める。

右訴訟(以下、「前訴」という)では被告日東産業はスパイラルホースの製造法(現場)を通常実施しているブレードホースの製造法(現場)だと偽り指示説明した点に欺罔があつたとしたものであり、本訴では被告日東産業の従業員たる被告吉川及び同堀川が職務の執行につき耐圧ホース製造上不可欠の竪型編組機を秘匿せんがため横型編組機を作出しすりかえた欺罔であり、被告日東産業については従業員の不法行為に基づく使用者責任があるとするものであるから請求を異にするので、既判力は及ばない。

第三  証拠関係〈省略〉

理由

第一被告日東産業に対する請求についての判断

一被告日東産業は既判力の抗弁を主張するので、まずこの点から判断する。

二1  原告と同被告との間には同被告主張の前訴の確定判決が存在することは右両者間に争いがない。

2  そして、〈証拠〉によれば、前訴は、原告及び訴外黒田重治から被告日東産業に対する不法行為による損害の賠償請求訴訟であつて、その請求原因において主張された不法行為の内容は、「被告日東産業は本件検証の際ブレードホースと全く関係のないスパイラルホースの製造現場を指示し、現に製造販売しているブレードホースの製造現場と偽り検証の対象物をすりかえた」というものであつたことが認められる。

一方、本訴は、原告から被告日東産業外二名に対する不法行為による損害の賠償請求訴訟であつて、その請求原因において主張される不法行為の内容は、「被告日東産業の従業員である被告吉川辰一及び同堀川卓は本件検証の際耐圧ホースの製造機械を日ごろ使用しているものとは別のものにすりかえ、それによつて検証の対象物をすりかえた」というものである。

3  原告は、この両訴訟の関係について、前訴が被告日東産業のみに対し民法七〇九条に基づき請求するものであり、また製造現場のすりかえをいうものであるのに対し、本訴は被告吉川及び同堀川をも相手方とし被告日東産業に対しては民法七一五条に基づき請求するものであり、また製造機械のすりかえをいうものである、とするようである。

たしかに、両訴訟は、当事者の範囲を異にし、訴訟物を異にする。したがつて、前訴の確定判決の既判力が本訴に及ぶとはいえない。

4 しかしながら、〈証拠〉によれば、前訴においては不法行為の具体的行為者たる自然人は特定して主張されることはなかつたことが認められるうえ、〈証拠〉によれば、本件検証の際被告日東産業側の者として指示説明にあたつたのが製造部長である被告吉川、また右検証の準備にあたつたのが同被告及び特許紛争等担当の常務取締役である被告堀川であり、原告代表者は自ら本件検証に立会つてそのことは知悉していたと認められることからすると、原告が前訴において不法行為の具体的行為者たる自然人として予定していたのは、被告代表者だけではなくして被告吉川、同堀川を含めた被告日東産業の関係上層部全員であつたとみざるを得ない。また、製造場所をすりかえたというのを製造機械をすりかえたと主張を変えてみたところで、本件検証の目的は被告日東産業製造の耐圧ホースに製造過程で圧力媒体が封入されるか否かをみるにあつたのであるから、結局のところ、検証の対象物をすりかえたという主張に帰一するものといわざるを得ない。

5 そうだとすれば、本訴は、実質的には、前訴のむし返しというべきものであるから、本訴請求は、被告日東産業に対するものはもとより、本来ならば、被告吉川、同堀川に対するものをも含めてすべて、信義則に照らし、許されないものと解するのが相当である(最高裁判所昭和五一年九月三〇日判決、民集三〇巻八号七九九頁参照)。

6 ところで、被告日東産業の抗弁は、既判力の抗弁として同被告のみが主張している。しかし、右抗弁の内容とするところは右に述べた本訴請求の信義則違反をいうものにほかならないから、これを信義則による訴訟むし返し禁止の抗弁と解して妨げないものと解される。

三したがつて、被告日東産業の右抗弁は理由があり、原告の同被告に対する請求は、内容に立入るまでもなく、理由がない(ちなみに、信義則による訴訟むし返し禁止の抗弁は、一般的には既判力の抗弁と同じく、訴えの適否に関する抗弁ではなくて請求の当否に関する抗弁であると解される)。

四ただ、被告吉川及び同堀川は、右抗弁を援用していないから、原告の右被告らに対する請求についてまで、右抗弁の効果を及ぼすことはできない。

第二被告吉川及び同堀川に対する請求についての判断

一請求原因1、2及び3(一)の各事実は当事者間に争いがない。

二1  しかし、請求原因3(二)の事実(耐圧ホース製造機械のすりかえによる本件検証の対象物すりかえの事実)はこれを認めるに足りる証拠がない。

2  原告は、右事実を推測させる間接事実として、まず、請求原因3(三)(1)の事実を主張する。

しかし、〈証拠〉の各ホース(均一な編目の綾織ネツトのもの)がいずれも被告日東産業の製品であることは当事者間に争いがないけれども、それらが原告の主張する時期に製造されたことを認めるに足る証拠はない。被告日東産業が第二回検証(昭和四五年六月一日)の行われる以前には竪型編組機を使用していたことは、当事者間に争いがないのであるから、右各ホースがそのころに竪型編組機によつて製造された可能性も十分考えられるのである。

したがつて、〈証拠〉が存在することから直ちに本件検証当時に竪型編組機を使用していたと推認することはできない。

3  原告は、また、請求原因3(二)の事実を推測させる間接事実として、請求原因3(三)(2)の事実をも主張する。

〈証拠〉中には、たしかに原告引用の記載がある。

しかしながら、右は、被告日東産業では常に三五メートルで切断しているとか、横型編組機を用いるときは内管の長さは三五メートルを越えることができないといつた趣旨まで記載したものとは解し難く、たまたま検証の際に受け台に一杯となつたと目されるところで切断したら三五メートルであつたという趣旨のものと解することができる。そのことは、同号証中、「実験」とある箇所には、長さ五〇メートルの内管を使用した旨の記載があることからも窺えるところである。

したがつて、横型編組機では三五メートル以上の耐圧ホースを製造することができないという原告の主張は根拠のあるものとはいえない。

三以上のとおり、請求原因3(二)の事実は、これを認めるに足りる直接証拠がないばかりでなく、間接事実も認められないから、原告主張の不法行為の成立は認めるに由なく、原告の被告吉川及び同堀川に対する請求はその余の点について判断するまでもなく理由がない。

第三以上の次第であるから、原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官露木靖郎 裁判官小松一雄 裁判官髙原正良)

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